日記ログ:イースV Lost Kefin,Kingdom of Sand

PS2「イースV」その10(2006/4/9)

二つあったエンディングですが、両方を確認しました。
隠しダンジョンは拍子抜けするほど簡単でしたが、これも後半の廃都やケフィン城の地獄マップで鍛えられたおかげでしょうか(笑)
というわけで、ケフィン王との対決からエンディングまでをずらーーーっと俯瞰してみましょう。

○聖誕祭の真実

ケフィン城を駆け登り、ついに王の立つ舞台へ乱入したアドル。王の行う演説が一枚絵の演出付きで挿入されます。(とは言っても、民衆に「ありがとう〜」とか言ってるだけ。)
その傍らにはリジェが・・・

「貴様・・・この大事なときに!」

心底憎々しく毒づくリジェと、ここまでやってきたアドルを見ても余裕を崩さないケフィン王。

「そのほうには早々に死んでもらうが、その前に一つ聞いておきたい。」
「なぜケフィンを否定するのだ?」
「外界の人間であろうと、善なる者であればケフィン市民として迎えれば良い。そして、悪と見なされたものは善なる市民のために礎となる。」

これこそがケフィンの正義、秩序だと断言するケフィン王。
しかし、スタン、マーシャ、テラがアドルの後を追って到着します。王のために命を落とした子供の亡骸とともに。

「この子にどんな罪があると言うのだ!」 「たった10年しか生きていない子供なんだ」と訴えるスタンは、同時に、「善だけの人間などは居ないし、まして悪だけの人間も居ないのだ」と叫びます。

それに対し、「その子供は審判の儀が証明した悪人なのだ」と言い放つケフィン王は、アドルらを「悪を為す、正義の敵」として自ら処刑することを宣言。
しかし、本性を現したケフィン王は(おそらく錬金術の力で)醜悪な化け物の姿になるのでした。(非常にかっこわるい・・・・・。)

本当ならプレイヤーはスタンらの叫びに心底共感し、テンションを高めて王との対決に臨むところなのですが、再三書いているように伏線もなにもあったものではない(一応は張られていますが内容も方法も稚拙すぎる)ため、興ざめとまでは行かないまでも共感しきれない気がしますね。
子供の亡骸にしても、その子の名前が明らかになっていて、一度でもアドルと会話したことがあるとか、そういうキャラであったならもっと強力な演出になったのに・・・。
(「死なせるためのキャラ」が作劇上是か非か、は考えてません(^^; )

ケフィン王との対決は、アドルvsケフィン王+リジェ&兵士のみなさんという混戦になります。レベル44〜45くらいだとダメージが5とかそのくらいしか通らないので倒すのは難しかったですね。ケフィン王の攻撃で一番強いのはジャンプからの衝撃波なので、これをアドルもジャンプでかわし、雑魚は出来るだけ無視して下突きで連続ダメージを与える戦い方が良いと思います。
魔法は水属性だと回復してしまうみたいですが、エアスラッシュでの連続ダメージ、スパークボルトでの雑魚一掃などは有効な攻撃ですね。

雑魚は無視といってもリジェが結構強いので気を付けましょう(^^;ある程度ダメージを与えると膝をついてしばらく動かなくなりますが、休んで復活するとまた攻撃してきます。

○大錬金術師ジャビル

ケフィン王を倒したとき、聖誕祭に参加していた市民たちに動揺が走りました。

「あれが錬金術に頼り切った自分たちの末路だというのか」
「それどころか、いつ悪人と判断されて殺されてしまうかわからない」・・・・。

ついに目を覚ましてくれたか、とスタン(だからその「ついに」をプレイヤーに感じさせるようにちゃんと演出しろよ)。

しかし、王の言葉に一同は息をのむのでした。

「ジャビル!」

500年前にケフィンを外界から切り離し、王に不老不死の法を施したという大錬金術師ジャビル。そのジャビルがまだ生きていた・・・・。
「王など所詮は操り人形にすぎない。本当の敵はケフィンを裏から操ってきたジャビルよ!」 とマーシャ。彼女も、まさかジャビルが生きているとは思っていなかったようなのですが、今となっては「ジャビルなら500年生きていても不思議じゃない」と言うことでしょうか。
どんな妖怪じじいだ。

ジャビルは姿は見せず、声だけが不気味に響きわたります。そして、助けを求める王を「役立たずが!」と一蹴し、それどころか命をも奪ってしまうのでした。
息も絶え絶えとなっていたリジェも、ジャビルに今一度のチャンスを願います。この怪我をいやしていただけるなら、赤毛の剣士を殺します!と。
が、ジャビルは冷たく笑い言い放つのでした。

「おまえまで期待を裏切るのか。苦労して造ってやったのに。」

この言葉に衝撃を受けたのはリジェでした。
彼女は自分をケフィン王家の血を引く者と信じていたのに、真実は「ケフィン王国にいた優れた女剣士をベースに、ジャビルによって造られたホムンクルス」だった。
逆上するリジェですが、ジャビルの術によって一撃で消滅させられてしまいました。

「石の核でもないただのホムンクルスが、創造者に勝てると思うか」

惨劇に怒りを露わにするテラ。
「姿を見せろよ!」という叫びに対し、ジャビルは「ならば来るがよい」と余裕を見せ、隠された通路を開くのでした。

表面上は原案ほとんどそのままの展開。
が、ラフイラストに解説がついただけのストーリーボードの方がよほど手に汗握る展開に感じられます。台詞のやりとりの冗長さ、戦いの場面で見せるケフィン王の姿(笑)、そこに至る展開。
原案のストーリーを見る限り一番の見せ場だと思っていた場面は、非常に残念な仕上がりになってしまいました。PS2版で一番楽しみにしていたシーンだけに、本当にガックリ来ました。演出の稚拙さ、表現の薄さが蓄積され、単なる能書きの垂れ流しになってしまった、という印象です。

なお、ケフィン王との戦いでのBGMは「Pain Maker」。

○500年の惨劇

地下への長い通路を下っていくアドル、スタン、マーシャ、テラ。
画面的には、イースVIでナピシュテムの元へ登っていく螺旋階段を逆に下っていく感じです。文句を付けるとするならば(w)ここを「駆け下りる」とかじゃなくて、ゆっくり歩いて降りていることですね。これも演出の一つ。普通ならこうはしないと思うんですが・・・・台詞が多いから時間稼ぎが必要?
そんなもん、どうせイベントシーンなんですからループするマップを用意してそこを歩かせておけばよろしい。会話の内容の割に、キャラクターがゆーーーーっくり動いているものですから、非常に散漫な印象を受けてしまいます。

BGMは「Theme of Kefin II」で、途中から「Crime and Punishment」になります。

話してる内容自体はかなりのものです(^^;
500年間ジャビルが行ってきた狂気の実験の数々。生きながら魂を抜かれ、石に封じ込められた犠牲者達。

そして、500年前のケフィンに急激な発展をもたらした者は「有翼人」だった・・・・
イースVIで新たに設定された「エメラス」がなんとVにも登場!
かつて、ケフィンに「アイシャ」という名の有翼人がやってきた。ケフィンの王家は彼女を迎え入れ、アイシャはケフィンに「赤エメラス」をもたらした。

錬金術師達は赤エメラスを研究することで数々の秘術を編み出し、ケフィンは栄えていった。

シリーズの設定を生かした「いかにも」なアレンジでした。が、衝撃的なのはまだこれからです。ジャビルは究極の秘法である「賢者の石」をものするために研究を重ね、そのためにはエメラスに有翼人の魂を封じ込めることが必要だ、と突き止めたのです。
そしてまんまとアイシャを罠にかけ、賢者の石を完成させた。ジャビルはただ自分の研究のためだけにケフィンを外界から切り離し、王の不完全な不老不死を維持するために10年に一度の聖誕祭で市民達の命を吸い取り、審判の儀で悪人とされた人間達を材料に実験を繰り返してきた。
儀式について王家には何らかの考えがあったようだが、そんなものに興味はない、と言い放つジャビル。彼にとっては、人の命など実験のための道具でしかないのです。

そして賢者の石の力によって維持されているケフィンは、賢者の石を失うことで崩壊してしまう。ジャビルは自分の命を限りなく不死に近づけるため、賢者の石と融合しひとつになっていました。・・・・ついにジャビルの前にたどり着いた一行は、この事実の前に困惑します。

しかしそのとき、意外な?人物が現れるのでした。

○ニーナの決意

アドルらの後ろからやってきたのは、なんとニーナでした。
ジャビルを倒せば賢者の石も破壊することになり、ケフィンは崩壊してしまう。
しかしニーナが言い放ちます。 「私はその崩壊を止めることが出来るんです」と。

「賢者の石の核」と言われていたニーナは、「崩壊を止めることができるからこそ、リジェやジャビルが自分を捜していたのだ」と明かすのでした。

ジャビルと激しい応酬を交わす、失われた記憶の全てを取り戻したというニーナ。この辺りの台詞にはSFC版そのままのものも混じっていまして、特に 「理想の世界のために命を捧げてくれるものがいただけのこと」 というジャビルに、ニーナが 「間違ってる。錬金術の力におぼれ、人の命の大切さもそんな風にしか考えられないなんて。」 と切り返す場面はイースV屈指の名場面だったと思います。
PS2版は前後の台詞が増えすぎてちょっと冗長に感じますが・・・・(^^;

「黄金の都で貴様らが得るものは富でも永遠の命でもない!もはや死あるのみ!」

怒りに燃えるジャビルと、最後の決戦です。

○最後の戦い

ジャビルは三段階の姿を持っています。
最初は人間の姿で、四つの結晶を展開し、各属性の魔法で攻撃してきます。
BGMは「Turning Death Spiral」。
実は最初からかなり手強いです。それぞれの結晶が光っている時に攻撃するのですが、剣の攻撃が当てづらいのなんの(^^;
かなり長期戦になりますね。

第二段階は、PSOのダークファルス最終形態をチャチにしたような姿になりますw
BGMは「Pain Maker」。第二段階への移行のとき、ジャビルの笑い声が響く演出は珍しくいいな、と思いました。
途中で「変形」してアドルをひき殺しに来る辺りは、「イース フェルガナの誓い」のガーランドを彷彿とさせますね。
両腕で地面を殴る攻撃は、衝撃波が発生するときはひたすら逃げまくるのが安全なようです。通常時にはジャンプ斬りで、変形時には下突きで攻撃するのが有効ですね。

HPが0になると、その身体が砕けていき・・・・。

第三段階はかなりびっくりなデザイン。賢者の石の中にハゲ頭が入ってるものと思って下さい(^^;
BGMは「Wicked Pleasure」。
攻撃をかわしながら、ひたすらジャンプ斬り。断末魔の叫びを残し、ついにジャビルは絶命します。

○賢者の石の核

戦いが終わって、崩壊を始めるケフィン。大きな揺れがアドル達をおそいました。そのとき・・・

賢者の石に歩み寄り、その中に溶け込んで行くニーナ。
(BGMが「Niena」になり、一枚絵が表示されます。)

「私は記憶を取り戻し、自分が何者であるか、何をするべきなのかを悟りました」

ゆっくりと語り始めます。

「私はケフィンで生まれました。でも人間ではありません。
私はジャビルが造ったホムンクルスなんです。」

「賢者の石と一体化しても、本当の不老不死にはなれないのです。
なぜなら、石は不滅でも、中の魂が少しずつすり減っていくから。
かつて白エメラスを肉体とした、有翼人たちもそうでした。」

アイシャの魂が昇華の時を迎えるのは近い。
そうすれば、賢者の石もいずれは力を失ってしまう。だから、ジャビルは有翼人アイシャの魂に代わる、新しい魂を必要としていた。

・・・・・・ニーナの正体は、ジャビルによって、賢者の石の魂として造られた、多くの子供達の命を犠牲にして造り出された、有翼人のホムンクルス。

その背中の傷跡は、翼の名残でした。

「認めたくなかった。おまえが伝説の有翼人と関係があるとは。」

うなだれるスタン。
ニーナは石と融合して制御し、ケフィンの崩壊を引き留めようとしているのです。その間に脱出して欲しい、とスタン達に語る彼女ですが、スタンがそれを認められるはずもありません。

「娘を置いて逃げることなど出来ない!」

「私の事を、まだ『娘』と呼んでくれるのですね」

場面転換し、ケフィンの都へ。ニーナの声が、どこからともなく響きわたり、レジスタンスと市民達へ脱出を促します。スタンやマーシャは自分が助けるから、と。(このときのBGMは「Crumble」。)

再び賢者の石のもとへ場面が移ります。

「私は行かない。おまえを置いて、どこへ行けと言うんだ」
マーシャもまた、「あなたが残るというのならば、私こそが残るべき」「私は錬金術師なのだから」と、テラも、ニーナを見捨てて逃げることなど出来ない、自分も残る、と叫びますが、言葉の終わらないうちに、姿を消してしまいました。

ニーナが賢者の石の力を使い、テラを外界へテレポートさせたのです。

マーシャも。
スタンも。

最後に残ったアドルに、「あなたに会えて本当に良かった」と、 「この運命を後悔していません」と語りかけるニーナ。

熱い!!熱すぎる!
これで、この場面までちゃんとした演出で積み上げがあれば神エンディングなのに!!
惜しすぎる!!

「ストーリーがありがち」という批判は実は批判にならないので要注意(^^;

これは難しい問題ですが、物語というのは刺激的で有れば良い、というものでもないし、目新しければ無条件に良いというわけでもないのです。
IVの時と同じ様なことを書いてますが、新しければいい、古くさいと感じられるものはダメなもの、というのは非常に浅薄で、時には危険な考え方だと言えるでしょう。

なぜなら、そういった新しさとは実はすぐに失われてしまうものだからです。
「新しさ」だけに価値を求めるならば、それは生まれた瞬間からすぐに古いものとなってしまいます。 文学や小説の世界で、古典とそうでないものを隔てる決定的な境界線はここにあります。

問題はゲームに限りませんし、多分に個人的な信条となってしまいますが、 創作に求められるのが流行や目新しさだけでは、後に受け継ぐことの出来る価値は生まれ得ないのです。
つまり、そこから文化が生まれ育つことも無い 、ということです。

ゲームという文化が今以上に成熟するためには、例えば物語において、例えばシステムにおいて、例えばグラフィックにおいて、例えばハードウェアにおいて、「新しいから優れている」という幼い価値観を脱出することが必ず必要になります。
(今回のイースVがそこまで大したものか、というと全然そんな事はないと思いますが・・・・(^^; むしろ前作よりレベル落ちてると思いますし、さらに言うなら見るべきところが少ないがため無理矢理ほめるところを探してry)

さておき、原案のストーリーではこの辺りの展開は以下のようになっています。

・賢者の石と一体化したジャビルを倒すことで、ケフィンも崩壊してしまう。どうすれば?
・そこでマーシャが「策がある」と言い、アドルとジャビルの戦いが始まる。
・マーシャが賢者の石と融合し、ケフィンの制御を行おうとする。
・遅れて駆けつけたイブール一家が、「マーシャが水晶に飲み込まれている」と勘違いし、マーシャを助けようと賢者の石に体当たり!
・これがアドルを決断させ、アドルの剣が賢者の石を破壊!
・きわどいところで奇跡的にバランスが取られ、石の力は保たれたまま、マーシャも生還する。

原案のストーリーだとニーナはこの場に居ないんですね。
というかケフィンとさえ関係無くて、確かスタンの本当の娘として登場します。年齢は9歳。
これで「ヒロインです!」って位置づけだったら大問題だったでしょう(笑)
(それじゃあヒロイン誰よ?というと初期設定13歳のテラだったわけで、イースVはその始まりにおいてロリィ魔境だったという恐ろしい真実。自分的に、SFC版ではリジェがお気に入りですが、初期設定のリジェって男だし・・・・・やりきれねぇ!!。)

話を戻します。原案の展開で注目するべきは、賢者の石が明確に破壊され、しかもそれを行うのがアドルだという点です。イースIIでの黒い真珠の破壊になぞらえたものと見ることもできますし、プレイヤーの気持ちを高揚させる演出として考えるとよりしっくり来るでしょう。

○砂の都ケフィン

砂嵐の結界を目前に、砂漠にたたずむのは脱出したケフィン市民達。そしてアルガ、ディオス、ノティス、チェイス・・・
遅れてテラが登場。アルガと再会を果たしました。次にマーシャが。そしてスタンも。
「アドルはどこ!?」と叫ぶテラと、「街の住人はみな無事のようだな」と安堵しつつうなだれるスタンが好対照。

そして、ついにアドルも帰還します。

崩壊していくケフィン。ムービーが使用され、バックにニーナの歌声が聞こえます。
(ムービーが終わると、今度はオカリナバージョンの「Niena」がBGMになります。ちなみにムービーが始まるまでの間はBGMはなく、砂嵐のSEのみ。)

誰よりも深く傷ついた、この場の誰よりも悲しんでいる男、スタンが静かに口を開きます。

「幻の都は、無くなった。もう砂漠が広がることはないだろう」
「幻の都は・・・・失われた砂の都となったのだ」

この台詞はSFC版そのまんま。非常に印象的な場面で、SFC版からずーっと覚えている人も少なくないのではないでしょうか。
ただ今回のPS2版は、画面が・・・・・(^^;
なにしろただの砂漠に突っ立ってるだけですし。画面の構図が致命的にだめなんですよね。
やっぱりケフィンが異空間にあるのではなく、砂漠の中に普通にあるけど砂嵐に阻まれて行き来できないだけ、というのは、演出的にも拍子抜けするというか・・・。
SFC版だとオアシスでケフィンの崩壊を見て上の台詞が出てくるわけで、画面が持っている情報量が多くパッと見の印象も全然違います。
こういうのも「演出」なんですよ。

あと、ムービーがショボすぎるのもかなり問題かと思いました(汗

○エピローグ(1)

エピローグはもう一つのエンディングとも重複する部分があるので、簡潔に行きましょう。
2週間後のサンドリア。BGMは「Peace in The Street」。SFCでのサンドリアの曲ですが、PS2版ではなんとエンディング専用になっていました。なかなか心憎いアレンジですよね。

ケフィンの市民達はサンドリアに受け入れられ、砂漠にも少しずつ緑がもどりつつあるそんな時。

ウイリーは、アドルにあこがれ冒険家になることを決意していました。
スタンは、ニーナの思い出が残るサンドリアに別れを告げ、旅に出ることを決意します。
その傍らにはマーシャの姿も。

早朝一番の便で一人サンドリアを去ろうとするアドルのもとに、テラが駆け寄ってきます。
彼女はドギの手紙を預かっていまして、彼はしばらくフェルテにとどまるとのこと。

「お互い風来坊どうし、いつかまた会おうぜ!」

アドルに「どうして誰にも言わずに言っちゃうの?」と迫るテラ。
やっぱりニーナのことを・・・」

アドルは答えずに船に乗り、テラは「5年待ってろよ!」と例の台詞を叫ぶのでした。

画面が切り替わって、スタッフロール。
ニーナのオカリナが描かれたイラストをバックに、BGMも「Niena」で、静かに淡々と進みます。
エンドマークの後でクリアデータをセーブして、最初のエンディングは終了です。

うーん。
紛う事なきバッドエンドですね(^^;
でもなかなか余韻の残る、これはこれで良いエンディングだったなあ。
もちろん、ニーナが嫌いとかそういうわけじゃないですよ。

ただ、おそらく今回のスタッフが仕掛けた最大級の爆弾であり、プレイヤーを一番感動させたかった(あるいは衝撃を与えたかった)であろうニーナの運命も、こう言ってしまうとなんですが、プレイヤーにとってはどこか他人事に、空虚な展開に感じられてしまう・・・

もっと、プレイヤーがニーナを好きになるような場面やイベントがあると良かったんですけどね。それでもSFC版よりはかなり存在感が出ていましたが、もう一歩、プレイヤーの心に踏み込んでくる何かが欲しかったなあ。
「賢者の石の核」もそうですし、どうも「『意外な展開』として見せたかったものが、ただ『唐突な展開』」に感じられてしまう。ゲーム中あらゆるところでそういった印象がありまして、本当に残念なゲームでした。

アレンジされたストーリー自体は相当良いと思うんですよ。もうしつこいくらい書いていますが、そのストーリーをいかにしてプレイヤーに見せていくか、プレイヤーを共感させ引き込んでいくか、というところに問題があると思います。
あるいはアクションゲームとしての出来がもっと良ければ、もっと共感し感動していたかも知れませんね。
これは「ゲーム」ですから、ストーリーを演出するものが脚本やグラフィック、音楽にとどまらない訳です。操作性やアクションの爽快感、といった部分も、もっと充実していればなあ・・・
ああ、もう何回「残念」って書いたでしょ・・・・。

今度は真のエンディング?の方へ、続きます。

PS2「イースV」その11(2006/4/9)

ちょwwwwww11回目ってwwwwwwうぇうぇうぇw どうも、似非2ちゃんねらーです。まさかVがこんなに長くなっているとは思いませんでした(笑

ちょっと本筋から離れちゃいますが、SFC版のイースV発売時、僕は当然のごとく発売日に朝イチで購入してずーーっとプレイしていた、真性のアレな高校生でした。
その時の、最終セーブでのプレイ時間は7時間と28分。
終了して真っ先に思ったのは「なんじゃこらぁ!」でした。
今ではあまり知っている人もいないのかも知れませんが、当時SFCのソフトは大容量になり定価の平均がぐんぐん上がっていた頃です。何しろ24メガビットのロムカートリッジで12,800円もしたのですよ、イースV。
数字だけ見比べれば、「ファイナルファンタジーVI」や「タクティクスオウガ」と並んでます。(厳密には11,400円?のFFより高かったw)
それがわずか7時間半で終わっちゃった。大したおまけ要素も何も無し。
これははっきり言って事件ですよ、もう。で、貧乏性なので「モトを取ろう!」と何回も繰り返し遊んでいたら、ある時雑誌にでかでかと広告された「イースVエキスパート」。

「より高い山を登り、より大きな満足感を手に入れるために。
ファン待望の『エキスパート』いよいよ登場です。」

とか書いてあって、ファルコムファンやめようと思いましたよ(笑
・・・・結局エキスパートも買いましたが。で、エキスパートを買ったときに無印を売り払ったのですが、数年してからまた買ったりしてます(^^;
実家には、まだ二本とも健在で置いてあります。何度も繰り返し遊びバグも裏技も隠しアイテムもほとんど把握してシナリオもかなり読み込んでいましたが、いつの間にか大好きな作品になっていたのですね。
客観的には高い評価が出来るゲームではありませんでしたが、ゲームなんて主観でいいんです。アクションがつまらなくてもストーリーが好き。ストーリーはダメだけど音楽がいい。特定の場面だけが忘れられない。
どこか一カ所でも心から好きになれれば、それは当人にとってかけがえのない作品と言って良いのではないでしょうか。

さて、PS2版です。僕がSFC版で大好きだったキャラクターやイベントはことごとく無くなってしまいましたが、今度のイースVは僕の中でどのような位置づけになるのか。
何年か経ったときにどんな気持ちで振り返るのか、今から楽しみにしています。
ええまあ、一生イースファンですから・・・他のゲームはやらなくなっていてもイースだけは死守していそうな(ダメ人間かも)。

○セケト=ヘセル

隠しダンジョンです。コボルドのコロが、廃都ケフィンで教えてくれた情報を覚えているでしょうか。
ちなみに、そのときは「セケト=ヘケル」と言っていましたが、実際に行ってみたときの地名表記はセケト=ヘセルでした。たぶん、cheという綴りがあって、これをケと読むかセと読むかの違いでしょうか。綴りとしてはhkrらしいのですが、これだとヘセルとは読めない気もしますね。

意味ですが、セケトは「草原」「野原」、ヘセルは「飢え」なのだそうです。google先生に聞いてみたら一件しか該当しなかったりして・・・セケトはいっぱいあったんですけど(^^;
セケトは女神の名前でもありますが、ヘセルは本当にただの古い言葉なんでしょうね。
さて、イースVでは誰が何に飢えているのでしょう・・・?

この隠しダンジョンですが、全4フロアで構成され、それぞれのフロアは水・火・土・風の四元素を象徴しています。なんかウルティマ8・9を思い出しました(通じる人少なそう・・・・)。
で、各フロアにボスがいるわけです。
これまで戦ってきた守護獣達が、よりパワーアップして襲いかかってきます〜。なお、一度セケト=ヘセルに足を踏み入れると、要所(ボス直前)に設置されているワープポイントを使わないと脱出できません。
・・・・そう、「ワープポイント」なんですよ。セーブポイントじゃないという(汗
まあ、各フロアはさほど複雑ではありませんし、スイッチやトラップもありません。
ケフィン城や南の塔に比べればなんてことないです。ただし敵は結構強いですし毒・マヒの追加効果持ちも多いので、アクセサリ装備による予防は必要でしょう。

なお、BGMは「The Secret Experience」でボス戦は全て「Bad Species」に統一されました。

○B1:水のフロア

ネード洞窟の縮小版。
ボスはヒュードル。戦い方は最初の時と同じで行けます。水属性なので火の魔法がよく効きそうなのですが、アワ攻撃を効果的に消すために、僕は風のスパークボルトを愛用してました。

撃破すれば、次の部屋でポーション2つ、水のエレメンタル3000、守りの種を入手できます。・・・・・微妙orz

○B2:火のフロア

セーベ遺跡の縮小版。
ボスはアグニヒューム。攻撃力がかなり高くなっており、Lv47でも100以上のダメージを受けることがありました。ポイントは、アグニヒュームとの接触ダメージもマジックリングで軽減出来ること。どうやら魔法攻撃のような扱いになるようです。

最初は負けちゃったんですが、攻撃にはパワーリングと水の錬石をめいっぱい装備し、防御のためにマジックリングを装備。アグニヒュームの通り道にサイクロンウォーターの魔法でダメージゾーンを作ってやることで、安定した大ダメージを与えることが出来ます。

勝利して得られる宝は火のエレメンタル3000、ハイポーション2つ、知恵の種です。

○B3:土のフロア

ラムゼン鍾乳洞の縮小版と思って下さい。
ボスとして登場するのはアゾート。以前戦ったときは「こいつ最弱じゃね?」と思ったんですが、今度はかなり手強かったです、というのは、ジャンプ斬りが全然当たらなくて・・・・
もっと正確に言うと、なぜか「出ない」んですよ、ジャンプ斬り。
なので、風の魔法エアスラッシュで必死に削る戦いになってしまいました。幸いこちらが食らうダメージは低めですから、アグニヒューム戦のようにピンチに陥ることはありませんでした。

アイテムは土のエレメンタル3000、ネードの秘薬2つ、力の種。

○B4:風のフロア

最後です。マップとしてはケフィン廃都の縮小版ですね。

ボスはアデプトスドーマン第二形態です。記憶違いかも知れませんが、色が違うような気がします。今回は真っ赤。
シュートストーンでかなりのダメージを与えられるので、レーザーを吐いているときに背後から撃ってあげれば相当楽に倒せます。
相変わらず戦っているうちにどんどん膨らんで大きくなっていきますが・・・・・。

アイテムは風のエレメンタルを3000、パラスを1000、生命の薬、そして、「白エメラス」を入手。これはつまり・・・・。

では、もう一度ケフィン城中央を目指しましょう。

○もう一つの結末へ

基本的に、ジャビルとの決戦まではバッドエンドの時と同じです。
隠しダンジョン攻略でまたレベルも上がってしまったので、ボス戦で苦労することは皆無でした。強いて言うなら城のセーブポイントまで戻るのが面倒のなんのって・・・。

ジャビルとの戦いを制し、いよいよ最後のイベントへ。
賢者の石を制御するためにニーナが自ら犠牲になる決意を固め、テラを、マーシャを、そして最後まで自分を娘と呼んだスタンを、外界へワープさせます。
アドルが賢者の石に歩み寄ったとき、に異変は起こりました。

○蘇った翼

アドルの持っていた「白エメラス」が反応し、賢者の石に封じ込められていた有翼人、アイシャがその姿を現します。セケト=ヘセルに隠されていた白エメラスは、魂を失ったアイシャの肉体が変異したものだったのです。
戦いの前にジャビルが言っていた台詞にあった、「アイシャの肉体が変化した白エメラスは、ジャビルに賛同しない者達によって隠された」とはセケト=ヘセルの事だったのでしょう。

アイシャはピンクの髪の有翼人。正直言って微妙な(「勘弁してくれ」レベルの)デザインです・・・(^^;アイシャの出現から、「Theme of Lovers」がBGMになります。

白エメラスによって賢者の石から解き放たれたアイシャですが、彼女の魂は弱り、もうじき昇華してしまうと言います。
500年前、アイシャはケフィンの人々のためを思って赤いエメラスを授けました。しかしそれは誤りだった、と漏らすアイシャ。

「人間に自分たちで生み出した力があり、にもかかわらず、それ以上の力を与えるべきではなかった。」

その罪を償うため、アイシャは残された最後の力を用い、賢者の石を制御するのでした。「最後にあなた達のような人間に会えて良かった。」と言い残して。

まんまイースの女神みたいな(^^;
イースで言うところの6神官にあたる人物に裏切られたわけですね。
(ダルク=ファクトは神官の子孫ですが、黒い真珠の封印を解いたのは彼であり、文字通り女神達を裏切っています。)
しかし、ジャビルの裏切りは彼自身の研究のためでしかありませんでした。そして、彼の研究とは不特定多数の人々を幸福にするためのものではなく、ただ自分自身が知識を究める欲求を満たすためだけのものだったのです。
そしてジャビルは人間であることさえ捨て、人間の命をただの道具として、狂気の実験を繰り返すことになります・・・
では、悪いのは、「過ぎた道具」をもたらしたアイシャなのでしょうか?

この疑問は、イースシリーズについて回るものの一つです。
この場面が入ることで、本当の意味で「イースV」もイースI・IIを継承したと言えるでしょう。
また、この疑問をストーリーの前面に押し出した作品として、アニメ版イースIがあります。

「女神達よあなた方のせいなのだ!人間には過ぎた道具と思わなかったのか!」
「ファクト、おまえは間違えている」
「女神達は人間を信じた。それを裏切ったのは人間なのだ!」
「女神の過ちは人間を信じたことだ」
「今日間違えたのなら、明日やり直せばいい!」

○幻の都

砂漠でスタンらの帰りを待つレジスタンス、イブール一家。テラが、マーシャが、スタンが出現するところまで、あのバッドエンドと変わりありません。
しかし。
今度は、アドルがニーナを抱きかかえて帰還します!

ニーナを抱きしめ、髪をなで下ろすスタン。

「信じていたよ。必ずもう一度会えるとね。」

そしてケフィン崩壊のムービーが挿入されますが、今度はBGMとして「Vanishing World」が使用されています。なにより、ムービーの最後が違います。
ケフィンが砂となって消滅したとき、周囲の砂漠が、一面の緑に変化するのです。

ちょっとムービー自体の質が悪すぎるのが難点ですが、この演出にはやっぱり感動してしまいました・・・・。(ちなみに、わかりにくいですがSFC版スタッフロールの最後に、アドルが歩く砂漠が緑の大地に変化するのも同じ意味の演出です。)

「幻の都は、なくなった。もう砂漠が広がることはないだろう。」
「幻の都は・・・・失われた砂の都となったのだ。」

ああ、この台詞いいなあもう!!w

○エピローグ2

2週間後のサンドリア。BGMは「Peace in The Street」。
街では、おばちゃんや行商人がうわさ話をしています。何でも、スタンが冒険家を辞めて街に落ち着くのだとか。

酒場ではイブール一家が飲んで騒いでいます(笑)BGMは「Thieves of Brotherhood」。
「結局、お宝なんて手に入らなかった」と愚痴るアルガですが、しかし、イブール一家は盗賊を廃業する、と高らかに宣言するのでした。

どこか遠くの土地で、堅気になって暮らしていきたい。これは、アルガがずっと胸に秘めていた目標です。原案の設定では、彼女は幻の都と言われるケフィンに移り住むことで盗賊としての過去と決別し、一家で人生をやり直すことを目標にしていました。
しかし、そこまで特別なきっかけは必要ない。これが、アルガが盗賊廃業を宣言した本心なのでしょう。こう考えればストーリーともちゃんとつながりが出て、「イースV」のストーリーが持っている一貫性が見えてきます。
こういう場面が入っているということは、シナリオライターの方は原案とSFC版の大切な共通点を、ちゃんと読みとって脚本を書かれたのでしょうね。

SFC版では、同じ事がもっと明確に示されていました。
500年の時を超えて、過去の世界から語りかけてきたストーカーとフォレスタ。あの感動的な場面での、ストーカーの言葉を思い出しました。

「特別な力に頼って自分を変えようとするのでは、ジャビルと同じ事だ。 君の行動を通じて教えられた。」

場面の雰囲気は全くと言っていいほど異なりますが、ストーリー上の意味はほとんど同じ場面と言ってよいと思います。イブール一家とアルガは、やはりとても重要なキャラクターなのです。
人間は変わる。自分の力で、あるいは近しい人と助け合って、よりよい方向に。

ところで、テラは「カタギに憧れてたんだ〜」なんて言ってますが・・・
あんたイースVIで海賊になってませんでしたか?

また酒場の場面。日にちがずれているんでしょうか?今度はアドル、ドギ、ムハーバ、そしてエフィが酒盛りしています。 (BGMは普通に「In The Cradle」。)

どーせまたどっかへ旅に出るんだろ、もちろん俺も一緒に行くぜ、とご機嫌のドギですが、ムハーバに引き留められ、エフィにのろけられ、助けを求めようとしたアドルは薄情にもひとり酒場を後にするのでした(笑)

ニーナの家。アドル、窓から覗いてますw
家の中にはニーナ、マーシャ、スタンが。BGMは「Niena」。
冒険家を辞めるというスタンですが、彼はこれから何をしようとしているのでしょうか?

「冒険の記録を本にしたいと思っている。」キターーーー!!
もしかして、アドルが自分の冒険を記録に残そうと思ったのはこのあたりからなのかもしれませんね。(もっとも設定上はものすごい読書家だったので、もともと考えていたのかも知れませんが・・・。)

「これからも一緒にいていいの?」と不安げなニーナにかけられた言葉がまた良いです。

「忌まわしい過去は砂になって消えたんだ。」

いつの間にかマーシャにプロポーズしたというスタン。
マーシャもまた、錬金術という業を背負った女であると自分を卑下していました。
しかし、錬金術は人の役に立てることもできるものなのです。
「悲劇を生んだ錬金術を否定して来たことは、ただ逃げ続けていただけだった」 と振り返るマーシャは、これからスタンとニーナとともに、正しい錬金術を以て人々に奉仕し、後世に残していくという決意を固めるのでした。

バッドエンドの時とは見事なまでに対照的なエピローグです。どちらのルートでもストーリーが不自然にならず、消化されているのも良いですね。

○旅立ちの朝

ちなみに夜の宿屋で、アドルの部屋のドア越しにウイリーが話す場面があります。台詞はSFC版と全く同じ。だからというわけでもありませんが華麗にスルー。

早朝の港を、船に向かって歩いていくのは誰あろう、我らが好色一代男冒険家、アドル・クリスティンでした。
船に乗ろうとしたときに、背後から駆け寄ってきたのはドギ、スタン、マーシャ、ニーナ、テラ、ウイリー。アドル大人気。

ドギはムハーバとエフィの強い意向で、しばらくはフェルテにとどまることになりました。アドルと再会を誓います。

錬金術を否定するのではなく、しっかり向き合って役立てていきたい、とマーシャ。

アドルがくれた新しい人生を大切に生きていきます、とニーナ。
そして。
「本当はどこにも行って欲しくない」と涙を流すのでした。

「私がそうだったように、きっと、どこかにアドルさんを必要としている人がいるんですね。」

船に乗り込んだアドルの背に、元気な二人分の声が聞こえてきました。
「兄貴、行っちゃうのかよ。なんでだよ!」
ウイリーをたしなめたのはスタンです。

「新しい冒険がアドルを呼んでいるんだ。わかるな?」
「うん!・・・おいらも冒険家だからね。」

「アドルのバカーッ!」と叫んでるのはもちろん、テラ。大泣きしてる立ち絵付きですね。
例によって「5年待ってろよー!」もあり。

ウイリーとスタン、テラの台詞はSFC版そのまんまなのですが、最後にウイリーがニーナとテラを交互に見て肩をすくめ、「やっぱり冒険家って・・・・いいよなあ」とやるところだけカットされていて、非常に残念です(^^;
あれ、スタッフロールに移る直前に来た最高の演出でしたよねw

スタッフロールはもう、バッドエンドとは大違い。
「Theme of Adol」をBGMに、アドルとボスのバトルがムービーで流れ、セピア調の止め絵になったところでスタッフ紹介が入る、PS2版イースIIIのような形式になりました。
この見せ方自体には賛否両論ありそうなんですが、自分は結構好きだったりします。

最後の方でアドルを見送るみんなの絵が入り、その半分にアドルの絵が入り、アドルの一枚絵になったところで画面が少し暗くなってスタンの手記が入ります。文面はSFCとほとんど同じですね。最初の「幻の都ケフィンは、失った時間を受け入れることで砂の都となり、消滅した。」までそのまんまだったらちょっとストーリーと合わないですが・・・メモをとる暇が無くて確認できませんでしたorz

スタンの声で読み上げてくれるんですが、最後の「スタンの日記より」ってところまで読み上げるのはどうかと思いました(笑)

というわけで、長かったイースVのプレイ記録も終わりです。
例によって単なるネタバレ大会という見方もできますが、楽しんでいただければ嬉しく思います。

あと一回か二回で、設定の変わったところをまとめたり、PS2版の移植を俯瞰したりしてみたいですね。総じて微妙なシリーズになってしまいましたが、いずれもファンにとっては注目の作品だったことに変わりはありません。

ひとまず、長い長いネタバレオンパレードにつき合ってくださり、ありがとうございました。

PS2「イースV」最終回(笑)(2006/4/20)

ちょっと間が空いてしまいました。

○PS2イースVを俯瞰する

「今更かよ!」と自分でも思いますが、おさらいしていきます。

ポイント1:ストーリーはSFC版ではなく原案をベースにし、VIの新設定も盛り込んでいる。

例えばストーカーやフォレスタは登場しませんが、ケフィン王が登場します。
また、ケフィンの古代文明は有翼人がもたらしたエメラスによって飛躍的に発展したことになっています。
イベントとしても後半で囚われの身になったテラを救出する、など原案にあったイベントの多くが復活しています。
アレンジとしては絶妙で、VIの内容もしっかり吟味した上で制作された、という印象を持っています。
しかし脚本の出来としては微妙なところで、台詞や文章による表現の拙さ、伏線や演出の稚拙さが目に付き、「ストーリーに引き込まれる」内容と言うよりは「ストーリーが垂れ流しになっている」と言う方がより適切に思われます。
が、プロットとしては非常に巧みで、脚本を書いた方の今後の活躍が楽しみです。

(個人的に、イースシリーズの内容を何でもかんでも有翼人に結びつけるという方向自体が好きになれないため、評価をより主観的に下げてしまっている面もあります。)

ポイント2:キャラクターデザインはSFC版を踏襲・ビジュアルシーンの採用

タイトーから発売された3作の中でVだけが唯一、キャラクターデザインがアレンジされず異なる絵柄で描き直されただけにとどまっています。
これを喜ぶ向きも確かにあるのですが、SFC版のイラストほど確かな画力で描かれたものではないためどうしても比較をしてしまい、非常に安っぽくみえてしまいました。

しかしこれらのキャラクターイラストを使うということに関しては気合いが入っており、バストアップによる会話演出だけでなく、要所要所で一枚絵を挿入する懐かしい手法が採られています。そのシーン選択もよく練られており、最近のゲームでたまにある「なんでここをムービーにするの?」「なんでここがムービーじゃないの?」という違和感はあまりありません。
一枚絵の絵柄はともかく(個人的に好きになれない・・・・)、使いどころは非常に良かったのではないでしょうか。
個人的にはテラがアドルに抱きつくところがよかったです(*^^*)デッサンすげえ狂ってますけど・・・・。

ポイント3:音楽!サウンド!

イースVの音楽はよく「イースらしくない」と言われてきました。
が、それは誤解を含んでいます。イースの音楽は元来クラシカルな色彩を強く持ったものであり、アレンジによってポップなノリが加わっていたもの、ととらえることが出来ます。
かつてイースIVのCDにてサウンドチームの方が語っていた通り。)

つまり、クラシカルな色彩をそのまま強調し、しかるべきアレンジを加えたものがイースVのサウンド、と考えると、イースVのオーケストラ風サウンドは紛れもなく「イースサウンドの有るべき形の一つ」なのではないでしょうか。

PS2版イースVのサウンドはSFC版の雰囲気を踏襲したオーケストラサウンドが採用されています。演奏はほぼ全て内蔵音源によるもので、一部に演奏表現が不自然に感じられる点があった(スタッカート/レガート/テヌート等をうまく使い分けていない、など)ものの、クオリティはほとんど申し分なかったと思います。
曲数が大幅に減っているのは残念ですが、使用された場面などは実に的確でした。
ただ、残念なのはイースIII、イースIVの曲を無理矢理使用した箇所が有ることです。
これはファンサービスの意図があるのかも知れませんが、必要性についてはかなり疑問です。

効果音は残念な部分です。派手な音が無いこと、バリエーションが少ないことが要因ですね。

キャラクターボイスはIVの時に比べると、声が「合ってない」と強く感じました。
演技もやや淡泊であったり、テンションが激しく変わりすぎていたり、やや的外れなものを感じます。
これらは出演者の方(の演技力)が問題だと言うよりも、役作りの時間が十分でなかったとか、ディレクションが十分ではなかったのではないかと思います。
しかし、棒読み大会だったコナミ製イースVIよりはだいぶマシです。

ポイント4:グラフィック

キャラクターの絵についてはキャラクターの項目で述べました。
グラフィックのクオリティは「数年前なら普通」というレベルでしょうか。残念ながら、現在では携帯ゲーム機でも再現できる、あるいはより劣ったものと見なすのが適切でしょう。
しかし描き込みは丁寧です。特にダンジョンの雰囲気はなかなか良かったと思います。
全体に、もう少し目を引く派手さがあれば印象や評価は全く異なっていたかもしれません。

モンスターやキャラクターのチップキャラでIVからの使い回しが目立つこと、魔法のグラフィックや3Dモデルによるボスキャラクターが非常にチープなのは、文句無く残念な部分でした。

ポイント5:システム/操作性など

おそらく、プレイされた方が最も厳しく評価するのはこの部分でしょうね。
僕も同じです。

一つには操作性の問題があります。
攻撃アクションのレスポンスが非常に悪いこと、攻撃の当たり判定が(攻撃をする側でも、受ける側でも)わかりにくいこと、移動速度が遅いこと、、などなど・・・・。

アクションゲームとしての出来は、率直に言って底辺のレベルです。
魔法も爽快感が無く、使い勝手もよくありません。SFC版の「カタストロフィ」のような使い勝手のある魔法が各属性に一つずつは欲しかったところ。

全体に、明らかにVIを意識しているのですが、レベルが全く追いついていません。

システム面では、ダンジョンにセーブポイントが配置されたことで、ボス戦を前に安心できる点などは改善点と言えます。が、セーブポイント自体の配置や数には一考の余地があったように思います。
特にそれを強く感じるのは後半のダンジョンで、原則的にセーブポイントはダンジョンの最終地点(ボス戦前)にしか配置されないため、中途で気が休まることがないのです。
最終イベントに前後して隠しダンジョンを攻略する場合、セーブ無しでかなりの長さを歩くことになりますが、これも改善して欲しかった部分です。
SFC版同様のクイックセーブがあるので一定のストレス軽減にはなるものの、根本的に定点セーブ制であること自体が気に入りません(^^;

この不満はダンジョンの煩雑さによる部分も大きく、マッピングが非常に重要になるダンジョンデザインや強引な視点回転には問題もあると思います。(ダンジョンゲームのダンジョンとしてはかなりまっとうなもので、Wizのダンジョンデザインに通じるものがあります。その意味ではトラップの種類が少ない事などが新たな問題点になるでしょう。)

ポイント6:隠し/おまけ要素

一番大きなトピックはマルチエンディングの導入でしょう。
とはいえエンディングは二つだけですが、いずれの場合にもストーリーがしっかり完結しており、よく作り込まれています。
エンディング分岐のために隠しダンジョン攻略が必要になること、フラグを決定づけるアイテムがストーリー上の十分な必然性を持っている事も、見逃せないポイントでした。
が、そのアイテムを持っていると、持っていない状態でのエンディングを見る手段が無くなってしまいます。場合によっては先に隠しダンジョンを攻略してしまってから最終イベントに臨むプレイヤーもいるかもしれません。この意味では残念な気もします。

つぎに、IIIとIVのクリアデータによる特典として、スタート時点で特別な武器を手に入れられる、という事が挙げられます。
確かに序盤のゲームバランスは崩れてしまいますが、手に入る「英雄の剣」と「フレイムソード」は使い勝手もよく、あくまで特典として考えれば嬉しいアイテムでした。

最後に、ゲームクリアで出現するギャラリーモードがあります。
基本的にはIII〜VのキャラクターイラストやBGMを鑑賞するモードです。
イラストに関してはバストアップの表情バリエーションが全ては収録されていないのが残念ですが、IVの設定画がちょっとだけ入っていたりするのは良いと思いました。

しかしどうせならもっと大量に収録して欲しかったところですし、さらに言うならIII、IVにもギャラリーモードを載せておくべきだったのではないでしょうか。

BGM鑑賞ではIII〜Vの全曲を聴けますが、IIIには単体でサウンドセレクトが用意されているのも微妙な部分です。(しかしBGM自体のクオリティは非常に高いと思います!)

○最後に

ファルコムファンにとっては電撃的に発表されたタイトー製のイース三部作は、残念ながらクオリティが高いとは言えず、セールス的にもおそらくさほど振るわなかったものと思われます。
しかし三作をすべてプレイしながら感じたのは、製作陣の真摯さ、ファンに向けての誠意でした。
困ったことに技術水準は一貫して低く、制作スタッフには「経験」が絶対的に足りなかったのだと思います。が、一方でどのタイトルにも良い部分がありました。

もっとも評判の悪いイースIIIですが、しかしグラフィックはかなり丁寧に制作されています。アドルの動きを注目してみて下さい。パターンも十分な数がありますし、なんと顔の表情までが細かく描き込まれ、プレイヤーの操作で生き生きと動き回ってくれます。
イースIIIはもともとサイドビューとなることで、キャラクターグラフィックが「演技する」という新しい演出をゲーム界に提示した作品でもあります。
PS2版イースIIIには、確かに旧作から受け継がれた部分もあったのです。

音楽も残念ながらカットされた曲がありますが手堅く制作され、ゲーム展開を適切なメリハリで盛り上げてくれました。

イースIVはやはり脚本、音楽、出演声優陣の演技に素晴らしいものがありました。

この作品はファンならよく知っているとおり特殊な出自のゲームです。
原作となったシナリオはすでに失われてしまっていますが、当時意図されたファンサービス色の強い内容をあえて切り捨て、最新作のVIで提示された設定も吟味して取り込みつつ、単体の作品としてのテーマも明確にし、さらに奇をてらいすぎることなく大胆に組み立てられた新設定とともに再構成されたシナリオは、ライターの方の確かな技量とプロフェッショナルとしての強い意識があって初めて実現したものでした。
(様々な都合で、例えば街の人レベルのキャラクターの台詞は別の方が書いているなど、統一感を損なう事になったのは残念でなりません。)
旧作イースIVのいずれとも大きく異なっていながら、間違いなく「イースIVだ!」と言えるストーリーは、個人的にシリーズのなかで最も強い感動を覚えた作品となりました。

音楽のアレンジも内蔵音源を駆使してよく作り込まれており、さらにPCエンジン版やSFC版、FM音源版、アレンジCDなどから特徴的な音色やフレーズをチョイスして巧みにまとめられた、サービス精神あふれるものでした。

声優陣の演技は最近プレイしたどのゲームよりも素晴らしく、出演者の方々の確かな演技力に限らず、ゲームキャラを演じるということへ真剣に向き合う姿勢、徹底的な役作りなど深い感銘を受けました。

最後に発売されたイースVは、原案からのさらなる変化、いわば全き「新生」が見所であったIVに対し、SFC版に対する原案を踏襲した、より狭義のリメイクという色が強いものでした。
しかしここでもスタッフの方はシリーズ全体をしっかり理解し実に適切ななアレンジを施して、シリーズの中でも独立したエピソードという印象の強かったイースVを、よりドラマ性を高めつつ、現在のシリーズ展開の中へ組み込むことに成功しています。
(VIの設定取り込みがやや露骨なものだった点については意見が分かれるところだと思いますが・・・。)

最後に発売するタイトルにふさわしく、集大成的なおまけモードが搭載されたことも、イースシリーズとしては十分に進歩的な出来事でした。

また、IIIの発売時に他社移植タイトルまで含めてイースシリーズを収納できる特製ケースが用意された事も、タイトーの姿勢をよく表していますね。

最後に、PS2版イースシリーズ全て(1〜6)について。
並べてみると、どれもパッケージデザインが良くできています。元々のパソコン版イースシリーズのパッケージに近い、地味ながら大人っぽいテイストがあり嬉しくなりましたね。
これがもしキャラクターのイラストを前面に押し出したものだったらと思うとぞっとします(^^;

個人的に一番好きなのはやはりイースIVです。

イース1・2を発売したデジキューブは無くなってすでに久しいですし、コナミやタイトーが今後もイースを手がけるかどうかはわかりません。特にタイトーが手がける可能性は低いのかも知れません。
しかし、これらのイースを手がけたスタッフが今後も活躍されることが楽しみでなりません。

長いプロジェクトを本当にお疲れさまでした。ファンの一人として、あらためて感謝と敬意を表します。

今後登場するであろう(希望的観測)イースの新たな移植タイトルも、出来ればタイトーくらいのまじめさと、コナミくらいの技術力でしっかり作り上げてほしいものですね(^^;

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